母ちゃんは遺言をする派だけれど、父ちゃんはしない派です。父ちゃんにたとえ家だけだとしても、例えわずかのお金しか残さないとしても遺言をしておくことは、親の義務ではないかと話したことがあります。でも、父ちゃんの答えは「遺言はしない」でした。
それは父ちゃんのお父さんから受け継いだ信念からだと思います。じいちゃんは母ちゃんによく言っていました。「相続と生もの(人間の意味)だけは扱うな」と。その人生経験から、相続の混乱と難しさ、人の心の計り知れなさを知っていたからでしょう。でも、それは仕事としての話。仕事として扱うなというほど揉める可能性のある相続を自分達はきちんと揉めないようにしておこうよ、と母ちゃんは思っていました。
でも、じいちゃんが死んだとき母ちゃんは驚いた。ばあちゃんがじいちゃんが死んだ時出してきた遺言状。母ちゃんはあえて見ていないのだけれど、父ちゃんや義姉達から聞いた話によると普通の白い封筒に中には便せんに一言だけ。「姉弟仲良くして、父ちゃんをもりたててやってくれ」とあったそうだ。後で、義姉達の話も聞こえてきたよ。「あんな風に書かれていたら、喧嘩はできない」と。いろいろ書かずして、子供達を信じての何とも優しい遺言だよね。
それで、父ちゃんも子供達を信じてそうしようと決めているのだと思う。でも、これは一律に語れない。じいちゃんの場合はとても長生きだったから、先ず二人の娘が結婚してもう何十年も生活が安定していたこと。その上で娘達すらが高齢の域に入りつつあったこと。さらに、その孫達も結婚して安定した生活を送っていたから、そして、最大には同居家族としてもう30年以上共に暮らし、父ちゃんと母ちゃんが、後に残るばあちゃんと、義姉達にどのように接するのか信頼してくれていたからだと思うよ。
お金のあるなしは相対的なもので、外から窺ってあそこはお金があるからというもんじゃないからね。例えば20万の手取り収入の人の一カ月の支出額が18万だとすると、毎月2万の余裕がある。次に手取り額こそ30万ある人でも、住宅ローンや何等かの事情があって毎月40万の支払金額が必要な人にとっては毎月10万円の赤字だから。よそ様の経済は見た目では計れない。そして、大事なのは皆等しくお金をいただければ嬉しいということ。だから、母ちゃんは遺言をするのなら、相続人等しく分けるのが第一原則ではなく、等しく残していく家族の状況を思いやり、熟考した上で遺言を残すのが第一原則だと思っている。
「特別受益」という言葉があってね。親が生きている間に相続人だの関係なく贈与された金額であったり不動産のことを言うの。例えば親が自分の子供の一人に、結婚をするからと自分の土地を贈与したり、住宅資金を援助したり、子供が事業を始めるからと使用貸借(賃貸借と違って使用料が0円の契約)させたりするの。その後親が死んで相続となった時(相続は親が死んだ瞬間から始まります)、生前の或る子供にした行為が、他の相続人からは本来の相続額を侵害していると捉えられるの。
親が死んだ時には100万円の現金があったとしましょう。母親は死んで既にいないとすると、妹と二人で分けることになります。それぞれ50万円ずつになるわよね。でも、長男が生前親から住宅を新築するために補助として300万円もらっていたとします。そうすると、妹としては本来の相続額は400万円で、これを1/2ずつわけると妹の相続額は本来200万円であるから、親の残した100万円を一人でもらったその上、お兄さんに100万円請求できるのです。これが相続における各相続人に対する法的公平です。(ちょっと前にこの特別受益の期間が相続開始前10年と限定されました)
で、遺言でね妹は100万円の現金で我慢してもらってお兄さんは先にもらった300万円があるのだから、今回は全額妹に渡しなさいと言い残すことができるわけ。(妹がその遺言で納得がいかない場合はさらに、遺留分侵害請求を家庭裁判所に申し立てして、不足の100万円の1/2にあたる50万円を得ることができます)
相続は相続の数だけ(つまり人が死んだ数だけ)あるとよく言います。母ちゃんは、相続人の法的平等については否定的で、もう少し柔軟であるべきだと思っています。もし、母ちゃんに財産があったとしたら子供達に合わせた未来を考えた遺言をしたいと思います。けれど、父ちゃんは遺言を残さない。だから子供達はその真意を考えて、頼るべきお互いを大切にしあう相続を考えてほしいと願うのみです。
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